iPS細胞の臨床実験

数年前にiPS細胞が発見されて話題になりましたよね。皆さん覚えてますか(STAP細胞じゃないですよ)。当時、万能細胞が生まれたーと世間を賑わせていました。

なんとあの報道が流れてたのが2006年なんでもう10年以上前なんですよ。早いですねー。
iPS細胞というのは多能性幹細胞というもので、いわゆる万能細胞というやつです。

人間の細胞(体細胞)と多能性誘導因子というものを結びつけることによってiPS細胞を作ることができます。
この方法を生み出したのが、日本の京都大学の教授、山中伸弥教授という人です。これ本当に画期的な発明なんですよ。

iPS細胞の特徴は、体中のどの部位の細胞にも変化することができるということです。

これ簡単に言うとどんな病気や怪我でも直せちゃうということになるんです。実際はもっと複雑なんでしょうけど。

例えば、事故で腕の一部が失われたとしてもiPS細胞で腕の細胞を作って再生させるなんてこともできるかもしれないんです。

じゃあ、今はどんな病気になっても治せるってことじゃないの?と思いきやそういうわけではないんですね。

iPS細胞はまだ実際に医療現場で使われてないんですよ。新しい技術が生まれても実際に人に使うまで長い時間がかかるんです。

これは薬とかなんでもそうなんですけど。完全に安全だとわかるまで様々な研究を繰り返す必要があるんです。マウスとかで試してね。10年経った今も実用化できていません。

日本はとくにその期間が長いと聞いたことがあります。本当な治せるのにいろんな手続きや決まりの関係でその技術を使えないという。

確かに安全性の確認は大事ですけど、病気になった本人や家族からしたらそんなの良いから治療してくれって思っちゃいますよね。だって治療しなきゃ死んじゃうような状態なら一か八か治療したほうが良くないですか?しかも成功する確率はそれほど低くないわけで。

そんな実用化への研究や新薬の開発を頑張ってる会社の一つにiPSアカデミアジャパンというところがあります。

アカデミアジャパンには、頑張ってもらって早くiPSが実現されるといいですね。この細胞が実用化されるだけで、どれだけの怪我や病気が今よりも治せるんでしょうか。すべてはアカデミアジャパンにかかってます。

私がおじいちゃんになる頃には実現して長生きさせてほしいものです。

思い出の中華屋さん、思い出の味は再現ならず。

こんにちは、最近ノスタルジーに駆られている赤羽在住の石川といいます。
歳せいでしょうか、自分が幸せだった若い頃、幼い日のことを、気が付けば考えている、というか思い出してるんですよね。すこし暗いでしょうか?(笑)

でも、昔のある出来事をふと思い出すことってありますよね?何故だか理由は分からないけど、忘れていたものが、ふいにパッと記憶に蘇ったりすること・・・。きっかけは食べ物の香りだったり、遠くで聞こえる5時の鐘だったり、ほんとに様々です。

昨日も、勤め先の市役所から歩いて駅まで帰る途中、銀杏並木の道があるんですが、道端に石が転がっていたんです。それを、なんとはなしに蹴った途端、突然、昔よく行っていた中華料理店の思い出が蘇ってきたんです。今まで、思い出したことなんて一度も無かったのに。。。

それは、草加市にある新華楼という中華料理屋で、 家族で外食といえばここしかない、というくらい気に入っていてよく通っていました。

今38歳になってみて考えたら、当時は5人家族で子供はみんな小学生の食べ盛りの3兄弟だったので、実は気に入っていただけではなく、安くてたくさん食べられるから両親は選んでいたんだと思います( ̄▽ ̄)

そうはいっても味は良く、今思い出しても食べたくなる、これぞ中華屋さんのラーメンとチャーハンです。今時のコッテリしたラーメンではなく、あっさりしょうゆベースの鶏の出汁がきいた透き通ったスープなので、食べ飽きることがありませんでした。

チャーハンも奇をてらった具材や味付けはしていないと思われるのに、いくら他の店でチャーハンを食べても同じ満足を味わえたことがありません。

そういえば、そこに通っていた当時は、家族が揃って一番幸せな時期でした。

私が中学生の頃には両親の仲が悪くなり、兄は引きこもりになってしまい、家族揃って外食などすることがなくなりました。この店は、出前をしてくれていたので家で食べることは出来ましたが、やはり出来立てではないので味も違ってきてしまいます。

その後、両親が離婚をして私は引越しをしたことで、お店に行くことが出来なくなりました。

思い出してからというもの、そのお店はまだあるのか、あの忘れられない味を食べてみたいと思い、どうしても我慢ができず一度行ってみましたが、自分の舌が違ってしまったのか、なぜか同じ味と感じることはできませんでした。

おそらく、私の思い出の中のこの店のラーメンとチャーハンは、家族の幸せというフィルターが掛かっていて、現実よりも何倍にも美味しく変換されていたのかもしれません。

忘れていたことを思い出すことはできましたが、失くしたものを取り戻すことはできない、、なんとなくそんなことを感じ、「歳取ってくねぇ」と独り言をつぶやいて帰路につきましたとさ。

終わり。