雨漏りあるけど、住めば都

年取った中年には若い人みたいなやる気は感じなくなってる。思考の衰えかな。

何をするにもまず現在の自分の立場とかを考えてしまって踏み出せなくなる。

若い人が羨ましいとか思うときもあるけど、今の自分も悪くないと思ってる。

それなりな生活はできてるし、趣味に使う時間もお金もある。それが幸せだと感じるのには時間がかかったけど。

裕福ではないのでできるだけ節約するようにはして、家賃の安いアパートに住んでいるけど、正直食費と趣味に使う金額を減らしたくないっていうだけの話。よく言えば節約、悪く言えばケチ。

住むところにこだわりはほとんどないからそれでいいと思ってる。だた駅からある程度近ければってこととバス、トイレは別であること。

これだけの条件なのにこれがまた結構探すのには苦労して、なかなか見つからなかった。

この条件は指定したものでいえば少ないようでいても結構幅を狭める要因だったようで、やっとの思いで見つけたのがこの家だったから快適に生活できてる。

弱点は台風とかの激しい雨がきた時に部屋が少し雨漏りがするってことくらい。

そこは毎回雨漏り修理のサイトで頼んで直してもらえるから大したことじゃない。

部屋に対しての私の意見を全部クリアした部屋なのだから住めば都というやつです。

贅沢は食事と趣味だけでいいです、それ以外は求めません。

そんな生活をしてたのである程度貯金は貯まってますが、使うことはないでしょう。

ないものとして考えてますから。

これを言うとボロアパートなのかと思う方もいると思いますが、ボロってわけでもありません。

別に普通のアパートです。いたってシンプル。

一人暮らしするのには少しだけ広いかなってくらいの部屋。

駅ちかだけど都心から少し離れたから家賃は都心より安くいいところに住めた。

住むところはすごく考えました。交通費は許容範囲です。

それで今生活が問題ないんだからあとは結婚くらいだと思う。

思い出の中華屋さん、思い出の味は再現ならず。

こんにちは、最近ノスタルジーに駆られている赤羽在住の石川といいます。
歳せいでしょうか、自分が幸せだった若い頃、幼い日のことを、気が付けば考えている、というか思い出してるんですよね。すこし暗いでしょうか?(笑)

でも、昔のある出来事をふと思い出すことってありますよね?何故だか理由は分からないけど、忘れていたものが、ふいにパッと記憶に蘇ったりすること・・・。きっかけは食べ物の香りだったり、遠くで聞こえる5時の鐘だったり、ほんとに様々です。

昨日も、勤め先の市役所から歩いて駅まで帰る途中、銀杏並木の道があるんですが、道端に石が転がっていたんです。それを、なんとはなしに蹴った途端、突然、昔よく行っていた中華料理店の思い出が蘇ってきたんです。今まで、思い出したことなんて一度も無かったのに。。。

それは、草加市にある新華楼という中華料理屋で、 家族で外食といえばここしかない、というくらい気に入っていてよく通っていました。

今38歳になってみて考えたら、当時は5人家族で子供はみんな小学生の食べ盛りの3兄弟だったので、実は気に入っていただけではなく、安くてたくさん食べられるから両親は選んでいたんだと思います( ̄▽ ̄)

そうはいっても味は良く、今思い出しても食べたくなる、これぞ中華屋さんのラーメンとチャーハンです。今時のコッテリしたラーメンではなく、あっさりしょうゆベースの鶏の出汁がきいた透き通ったスープなので、食べ飽きることがありませんでした。

チャーハンも奇をてらった具材や味付けはしていないと思われるのに、いくら他の店でチャーハンを食べても同じ満足を味わえたことがありません。

そういえば、そこに通っていた当時は、家族が揃って一番幸せな時期でした。

私が中学生の頃には両親の仲が悪くなり、兄は引きこもりになってしまい、家族揃って外食などすることがなくなりました。この店は、出前をしてくれていたので家で食べることは出来ましたが、やはり出来立てではないので味も違ってきてしまいます。

その後、両親が離婚をして私は引越しをしたことで、お店に行くことが出来なくなりました。

思い出してからというもの、そのお店はまだあるのか、あの忘れられない味を食べてみたいと思い、どうしても我慢ができず一度行ってみましたが、自分の舌が違ってしまったのか、なぜか同じ味と感じることはできませんでした。

おそらく、私の思い出の中のこの店のラーメンとチャーハンは、家族の幸せというフィルターが掛かっていて、現実よりも何倍にも美味しく変換されていたのかもしれません。

忘れていたことを思い出すことはできましたが、失くしたものを取り戻すことはできない、、なんとなくそんなことを感じ、「歳取ってくねぇ」と独り言をつぶやいて帰路につきましたとさ。

終わり。